しかし、新天地でのスタートは過酷を極めました。中日移籍初年度の2026年、開幕直後の登板で右肘に異変が発生。診断の結果、右肘側副靭帯の損傷が判明し、同年秋に右肘側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)を受ける決断を下しました。
長期離脱を余儀なくされた岩嵜は、リハビリに専念するため一度支配下登録を外れ、育成契約へ移行。背番号も「16」から3桁の「203」へと変更になりました。タイトルホルダーとしてのプライドを胸に秘め、孤独なリハビリと地道なウエイトトレーニングを黙々と重ねる日々が続きました。
長いトンネルを抜けたのは2026年シーズン。ファームで実戦復帰を果たすと、球速はみるみる回復し、首脳陣を唸らせる剛速球を連発。見事に支配下復帰(背番号は「16」から新たに「41」へ)を勝ち取りました。手術前と変わらない、むしろフォームの無駄を削ぎ落としたことで153km/h超のストレートを叩き込む姿は、多くのファンに深い感動を与えました。