街を歩けば目にする「餃子の王将」と「大阪王将」。看板もメニューのラインナップも酷似していることから、多くの消費者が「同じ会社なのか?」と首をかしげる。そのルーツは1967年、京都の四条大宮で創業した1軒の中華料理店に遡る。
創業者の親族が大阪へ進出し、暖簾分けの形で独立したことがすべての始まりだった。しかし、大阪側が「餃子の王将」の商号を使って出店を重ねると、京都の本家との間で激しい摩擦が生じる。「客が混同する」「勝手に同じ看板を掲げるな」——感情的な対立は泥沼化し、事態は裁判所に持ち込まれることとなった。
これが外食産業の歴史に語り継がれる暖簾分け訴訟である。熾烈な法廷闘争の末、昭和52年に和解が成立。「餃子の王将」は本家である株式会社王将フードサービスが使用し、大阪側は「大阪王将」へと名称を変更することで結着をみた。現在、大阪王将は株式会社イートアンドホールディングスの傘下で独自の発展を遂げているが、両者の間には長年打ち解けぬ冷ややかな空気感が漂い続けていた。