時計の針を30年ほど巻き戻そう。当時23歳、誰もが憧れるJJのトップモデルとして時代のアイコンだった梅宮アンナと、端正なマスクと甘い囁きで浮名を流していた羽賀研二。二人の交際発覚そのものがすでに大事件だったが、世間を真に震撼させたのは、関係のすべてを公衆の面前に晒し出すかのような写真集『アンナ 愛の日記』の出版だった。
名匠・篠山紀信が撮影を担当したそのページをめくると、そこにあったのは単なる肉体美の誇示ではない。恋人同士の極限の親密さと、計算され尽くした自己演出の危ういせめぎ合いだった。書店に山積みされた単行本は飛ぶように売れ、同時にPTAや倫理団体からの猛烈な抗議を浴びた。お茶の間は眉をひそめながら、テレビのワイドショーから一瞬たりとも目を離せなかった。悪趣味とアートの境界線を土足で踏み越えていく背徳の快感。あの時代、芸能界はまだ怪物が跋扈する治外法権のジャングルであり、プライバシーの切り売りは今より遥かにスリリングな命がけのギャンブルだったのだ。