旅行情報サイトや一般的な口コミでは、「こんぴら参りは785段の本宮までで十分に満喫できる」という言説が散見されます。しかし、歴史的背景および神道・修験道の文脈から検証すると、本宮参拝と奥社参拝は本質的に異なる宗教的・空間的体験を持っています。
本宮に祀られているのは「大物主神(おおものぬしのかみ)」と「崇徳天皇」であり、農業・殖産・医薬・海上守護の神としての性格が前面に出ています。これに対し、奥社である厳魂神社に祀られる「厳魂彦命(宥厳上人)」は、山岳霊場としての金刀比羅宮を守り抜いた守護神であり、個人の内面的な悪霊退散や心願成就、自己克服の象徴です。
物理的な距離の遠さや石段の過酷さは、古来の巡礼における「禊(みそぎ)」のプロセスそのものといえます。汗を流し、息を切らしながら一歩ずつ高度を上げていく過程で雑念が削ぎ落とされ、奥社に到着した瞬間に深いカタルシスと内省が得られる構造になっているのです。したがって、「本宮だけで十分」というのは観光効率の面では事実であっても、金毘羅信仰の真髄とパワースポットとしての真価を体感するという観点においては、明白な誤解であると判断できます。