トップスターの突然の失脚は、歌舞伎界全体に深刻な打撃をもたらしました。事件当日も上演中だった明治座の公演は一時中止となり、昼の部の代役を中村隼人、夜の部の猿之助の役を従弟である香川照之(市川中車)の長男・市川團子が急遽務めることになりました。当時19歳だった市川團子の鬼気迫る熱演は絶賛を集め、澤瀉屋の未来を繋ぐ一条の光として大きく報じられました。
しかし、猿之助が中心となって牽引してきた『スーパー歌舞伎II』などの大型企画は白紙撤回や見直しを余儀なくされ、興行的な損失は計り知れないものとなりました。松竹は直ちに外部の弁護士を交えたコンプライアンス委員会を立ち上げ、ハラスメント防止に向けた相談窓口の設置や座内環境の総点検を実施。伝統芸能界に根強く残っていた「師弟関係」や「座頭の絶対的権力」に対する見直しが急速に進む契機となったのです。
澤瀉屋の一門は、市川中車や市川團子を中心に舞台を維持しつつ、信頼回復に向けた地道な歩みを続けることになりました。