小式部内侍が放った和歌は、百人一首でも屈指の傑作として語り継がれています。その卓越した技術の核心にあるのが、地名と日常語を巧みに組み合わせた掛詞(かけことば)です。
大江山(おほえやま) いく野の道の(いくののみちの) 遠ければ(とほければ)
まだふみもみず(まだふみもみず) 天の橋立(あまのはしだて)
この短歌には、以下の3重の掛詞・縁語が緻密に織り込まれています。
1. 「いく野」=【生野(地名)】と【行く(動詞)】
丹後国へ向かう宿場町である「生野(現在の京都府福知山市周辺)」と、「行く」という言葉が掛かっています。「大江山を越えて行く、その生野への道が遠いので」という空間的な距離の大きさを強調しています。
2. 「ふみ」=【踏み(動詞・足で踏み入れる)】と【文(名詞・手紙)】
歌の最大の急所です。「まだ天の橋立の地を『踏んで』もいない」という意味と、「母からの『手紙(文)』も見ていない」という否定を同時に成立させています。
3. 地名の配置による空間表現(大江山・生野・天の橋立)
「大江山」「生野」「天の橋立」という丹後路のランドマークを順番に配置することで、都から母のいる任国がいかに遥か彼方であるかを鮮やかに描き出しました。「そんな遠方から手紙が届くはずもないし、自力で歌を詠んでいるに決まっているでしょう」という論理的かつ絶対的な反論を、雅な歌の形で見事に完結させているのです。