当時の特撮現場は、現代の安全基準からは想像もつかないほど壮絶な環境でした。特に初代ゴジラのスーツは、硬質ゴムではなく和紙とワイヤー、コンクリート粉末や生ゴムを塗り重ねて作られたため、総重量は100kgから150kgに達したといわれています。
この重量を背負いながら、強烈な照明が照りつけるスタジオ内で演技を行うため、スーツ内部の温度は瞬く間に60度を超え、わずか数分で長靴の中に汗がコップ数杯分も溜まる過酷さでした。空気穴も極めて小さく、撮影の合間には酸素ボンベで呼吸を確保しなければ即座に失神する危険があったと中島春雄氏は後年述懐しています。
平成VSシリーズでもその過酷さは変わりませんでした。スーツの軽量化(約60〜70kg)が進んだものの、内部にギミック用バッテリーやメカニックが組み込まれたため密閉度が上昇。薩摩剣八郎氏は、体感温度が跳ね上がる中、撮影中に何度も酸欠による意識喪失に陥りながらも、カットがかかるまで怪獣の威厳を崩さずに演じ切るプロ根性を貫きました。