Q1:大化の改新によって、庶民の暮らしは楽になったのですか?
A1:一概に楽になったとは言えません。豪族の私的な奴隷的支配からは解放され、公平に田畑(口分田)が割り振られる身分保障を得た一方、戸籍によって逃亡が困難になり、租庸調や兵役(防人)、都までの運送責任など、国家に対する厳格で重い負担を負うことになりました。
Q2:なぜ中大兄皇子自身はクーデター直後に天皇にならなかったのですか?
A2:蘇我氏を滅ぼした直後は国内の豪族たちの反発や警戒感が根強く、自身が即位すると「権力欲のためのクーデター」と見なされる恐れがあったためです。そのため、叔父にあたる軽皇子を「孝徳天皇」として即位させ、自らは皇太子(皇太子・中大兄皇子)の立場で実質的なリーダーシップを握り、慎重に改革を進めました。
Q3:改新の詔の内容は、646年にすべて本当に実行されたのですか?
A3:詔に書かれた内容のすべてが即座に実行されたわけではありません。『日本書紀』の記述には後世の律令制度の用語が一部反映されているとする見解が有力です。しかし、公地公民や官僚制への移行といった基本方針は確実に打ち出され、数十年の歳月をかけて実現されていきました。