ストリートの叩き上げというパブリックイメージを覆すのが、彼の学生時代の突出した学力データです。チコカリート学歴を深掘りすると、驚くべきインテリジェンスの原点に行き当たります。
沖縄県那覇市で生まれ育った彼は、地元のチコカリート出身高校(県内屈指の進学校として知られる首里高校などの説が根強い)に進学後、部活動に汗を流しながらも猛勉強に励み、学年で3番目の成績を収めるほどの秀才でした。当時の彼が本気で目指していたのが、私立の最高峰である早稲田大学です。
特番インタビューや自著・手記で語られたエピソードによれば、一般入試本番での合否ラインにおいて、合格点まで「わずか3点」届かず、現役での合格を逃すという痛恨の挫折を味わいました。本名である塚原 考晃(つかはら たかあき)という一人の青年が味わったこの「3点の壁」は、その後の彼の反骨精神やリリックの深みに決定的な影響を与えています。
猛勉強の末に味わった惜敗の悔しさを胸に抱えながら、後期日程や併願先であった埼玉の大学へ進学。失意の中で始まった本土での新生活こそが、期せずしてモンスターラッパー誕生の号砲となりました。