1988年、フジテレビジョンに入社した彼女は、同期の八木亜希子、河野景子とともに「花の88年組」として一躍脚光を浴びた。トリオで親しまれた彼女たちだが、それぞれが放つ個性は明確に異なっていた。柔らかな包容力で愛された八木、気品漂う正統派の河野に対し、有賀は自由奔放さと圧倒的な華やかさで異彩を放った。
彼女の才能が大きく開花した現場の一つが『プロ野球ニュース』だ。夜のスポーツ番組という男社会の象徴的現場において、彼女は単なるアシスタントの枠を飛び越えた。選手への容赦ない突っ込みや率直なコメントは、スポーツ報道の堅苦しさを打ち破り、番組に新しい息吹を吹き込んだ。この革新こそが、後のスポーツバラエティの土台を築いたと言っても過言ではない。