尾形の人生において最大のターニングポイントとなったのが、腹違いの弟・花沢勇作との関係です。正妻の子として生まれ、両親から溢れんばかりの愛情を注がれて育った勇作は、誰に対しても純真無垢で高潔な青年将校でした。尾形にとっては、自分が手に入れられなかったすべてを持つ「光」そのものの存在であり、最も激しい嫉妬と嫌悪の対象でした。
旅順攻囲戦の最中、尾形は勇作を暗闇に誘い出し、彼を汚そうと試みます。「戦場で人を殺しても罪悪感など抱く必要はない」と説く尾形に対し、勇作は尾形を抱きしめ、涙を流しながら「兄様は人を殺して罪悪感を感じないはずがありません」「兄様は祝福されて生まれたのです」と純粋な愛情を返しました。
無条件の善意と愛を突きつけられた尾形は、耐え切れずに勇作を背後から銃殺してしまいます。自分と同じ暗闇に引きずり下ろすこともできず、その高潔さを保ったまま逝った勇作の姿は、尾形の心に消えない呪い(ファントム)として焼き付きました。以降、尾形が見る幻影の勇作は常に「顔のない兵士」として現れ、尾形の良心を無言で告発し続けることになります。
そして物語後半、尾形がアシリパの澄んだ目に異常な執着を見せたのも、彼女の中に勇作と同じ「誰も殺したことがない無垢な光」を見たからに他なりません。アシリパに人を殺させ、自らと同じ殺人者へと堕とすことで、「誰もが環境次第で人殺しになる、自分だけが特別に歪んでいるわけではない」と証明したかったのです。