映画版の『海猿』は、仲間との熱い絆、ヒロイン・伊沢環菜との王道ラブストーリー、そして絶体絶命の危機から生還するヒロイズムを前面に押し出したエンターテインメント大作として構成されていました。しかし、原案・小森陽一氏、作画・佐藤秀峰氏によって『週刊ヤングサンデー』で連載された原作漫画のトーンは、それとは大きく趣を異にします。
最も顕著な違いは、主人公である仙崎大輔の人物描写です。映画の仙崎は真っ直ぐで感情豊かな熱血漢として描かれていますが、原作の仙崎はどこか冷めた視執を持ち、自らの生きる意味や潜水士という職業の過酷さに苦悩し続ける極めてリアリスティックな青年です。救助現場においても、映画のように奇跡的な生還を繰り返すスーパーヒーローではなく、時に救助対象者の死に直面して深いトラウマを抱え、嘔吐し、精神の限界まで追い詰められます。
また、原作では海上保安庁という巨大組織が抱える官僚主義、縦割り行政の弊害、予算不足、さらには政治的な思惑による現場の切り捨てといった組織の暗部が生々しく暴かれています。映画が「人命救助の尊さ」をストレートに讃える一方で、原作は「人を救う行為に伴う傲慢さと代償」を読者に鋭く突きつける重層的なテーマ性を備えていました。