藤間紫の若い頃|絶世の美女が歩んだ市川猿翁との運命と略奪愛の真相

藤間紫の若い頃|絶世の美女が歩んだ市川猿翁との運命と略奪愛の真相

藤間紫の若い頃|絶世の美女が歩んだ市川猿翁との運命と略奪愛の真相の全体像を詳しく解説してご紹介します。

市川猿翁との愛を貫く上で、最大の障壁となったのが、藤間紫の夫であった師匠・六世藤間勘十郎との関係でした。

藤間紫は昭和19(1944)年、21歳の時に23歳年上の六世勘十郎と結婚しました。二人の間には長男(二代目藤間勘祖・八世勘十郎の父)と長女(初代藤間高麗蔵)が誕生し、一見すると名門舞踊家の安泰な家庭を築いているように見えました。しかし、内情は師弟関係の延長線上にある厳格な主従関係であり、家父長制的な束縛と芸に対する方向性の違いから、夫婦関係は早い段階で冷え切っていたとされています。

猿之助との同棲開始後、藤間紫は勘十郎に対して正式な離婚を求めましたが、勘十郎側はこれを頑なに拒否。裁判は泥沼化し、解決まで実に16年以上の歳月を要することになります。この間、藤間流の名跡や財産分与、そして何よりも愛する子供たちとの関係を巡って、彼女は想像を絶する精神的苦痛を味わいました。

昭和60(1985)年、最高裁判所での和解を経てようやく正式な離婚が成立。彼女は名門・藤間流の宗家という絶大な地位をすべて手放し、一人の表現者としてゼロから再出発する道を選んだのです。この壮絶な決断こそが、後の「紫派藤間流」旗揚げの原動力となりました。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。