坂口杏里さんの人生が決定的に暗転する起点となったのは、最愛の母・坂口良子さんの早すぎる死でした。名女優として数多くの名作ドラマに出演していた坂口良子さんは、2013年3月27日、57歳の若さで横行結腸癌および肺炎により息を引き取りました。闘病の事実は直前まで公にされておらず、テレビ番組で激やせぶりが心配されていた最中の訃報は、日本中に深い悲しみをもたらしました。
ここで改めて、坂口家の複雑な家族関係を整理しておく必要があります。
坂口良子さんは1986年に不動産会社社長の男性と結婚し、1男1女をもうけました。長男(杏里さんの2歳上の兄)と長女の杏里さんです。しかし1994年に離婚。その後、良子さんは前夫が残した多額の連帯保証債務(数十億円規模と報じられた借金)を背負いながら、女手一つで2人の子どもを育てるために粉骨砕身して女優業を続けました。
その後、良子さんはプロゴルファーの尾崎健夫(ジェット尾崎)氏と10年以上に及ぶ事実婚関係を続け、子どもたちの成人や環境の落ち着きを見届けて2012年8月に正式に入籍しました。しかし、幸せな再婚生活はわずか7ヶ月で幕を閉じることになります。
母の死後、ステップファミリーであった義父の尾崎健夫氏や一般人として一般企業で働く実兄と杏里さんとの間には、徐々に埋めがたい溝が生じていきました。尾崎健夫氏は当時、杏里さんを娘として支えようと手を差し伸べていましたが、芸能界での孤立や夜の街への傾倒を深める杏里さんを家庭内に引き留めることは極めて困難であったと、当時の週刊誌各社やスポーツ紙の取材で報じられています。結果として、実兄や義父とは生活圏を完全に異にし、現在は法的な親族でありながらも日常的な交流は希薄な状態が続いています。