元号が「明治」へと改められた背景には、新政府による強力な国家刷新の意思がありました。それまでの日本において、元号は天皇の即位時(代始改元)だけでなく、大規模な天変地異や疫病、政変などの節目に吉凶を占って頻繁に変更されていました。実際、幕末の短い期間だけでも「嘉永・安政・万延・文久・元治・慶応」と目まぐるしく変わっています。
新政府はこの慣習を断ち切り、国家の安定と近代化を象徴するため、天皇一代につき元号を一つとする「一世一元(いっせいいちげん)の制」を導入しました。
「明治」という名称の典拠は、中国の古典『易経』にある一節「聖人南面而聴天下、嚮明而治(聖人南面して天下を聴き、明に向ひて治む)」です。「太陽に向かって国を明るく治める」という意味が込められており、複数の候補の中から明治天皇自らが宮中でくじを引いて決定したという有名な逸話が残されています。
1868年8月27日(旧暦)に京都御所で明治天皇の即位の礼が執り行われ、その直後の9月8日に改元が宣言されたことで、名実ともに新しい時代が幕を開けました。