事件の舞台となったのは、品川区西五反田に佇んでいた老舗旅館「海喜館(うみきかん)」の跡地である。敷地面積は約600坪。目黒川に面した広大な土地は、開発余地の少ない都心において、大手デベロッパーなら誰もが喉から手が出るほど欲しい超優良物件だった。
だが、そこには大きな障壁が存在していた。高齢の女性地主は頑なに売却を拒み続けていたのである。近隣住民との交流も絶ち、外部からの接触を一切遮断していた所有者。この「誰もが欲しがり、誰も買えない」という極限の飢餓感こそが、地面師グループが仕掛けた最初の罠だった。
不動産業界では、長年手に入らなかった土地が突如として市場に浮上した瞬間、冷静な判断力が麻痺する。地面師たちはその心理的盲点を熟知していた。地主の高齢化、入院による不在、親族関係の希薄さ。ターゲットの生活実態を徹底的にリサーチし、最も隙が生まれるタイミングを完璧に見定めていた。