父子の断絶に劇的な変化が訪れたのは2011年のことでした。藤間紫の死去などを経て、実に45年の歳月を経て父と子が和解を果たします。そして2012年、香川照之は46歳という異例の年齢で歌舞伎界へと飛び込み、「九代目市川中車」を襲名しました。
この決断は、母である浜木綿子にとって非常に複雑なものでした。自分を捨てた元夫の家系であり、自身が必死に守り育ててきた息子が、あえてその「澤瀉屋」の看板を背負う道を選んだからです。
周囲からは母子の不仲や対立を心配する声も上がりましたが、浜木綿子は息子の背中を押しました。香川照之が歌舞伎入りを決断した最大の動機は、「自らの息子(政明・現市川團子)に澤瀉屋の血脈と伝統を継承させるため」という親心だったからです。
浜木綿子は後にインタビューなどで、「あの子が自分で決めた道。親として応援するしかありません」と語り、深い母性で息子の覚悟を受け止めました。長年の葛藤を乗り越え、息子の信念を尊重した浜木綿子の度量の広さは、多くの人々に深い感動を与えました。