2003年、クリーブランド・インディアンス(現ガーディアンズ)とマイナー契約を結んだ多田野氏は、ルーキーリーグから着実にステップアップを重ねました。入団会見では過去の過ちを真摯に受け止め、「野球を通じて誠実に応えていく」と自らの言葉で語り、アメリカのメディアやファンからもその潔さと挑戦の意志が評価されました。
そして2004年7月、ついにメジャー昇格を果たします。日本のドラフトで指名されなかった日本人選手が、自力でマイナーから這い上がりメジャーのマウンドに立ったのは史上初となる快挙でした。その後、マイナー契約や怪我との戦いを経て、2007年のドラフト会議(大学生・社会人ほか対象)において、北海道日本ハムファイターズから巡り巡って「1巡目指名」を受け、ついにNPBへの復帰を果たしたのです。
日本ハムでの通算成績は18勝20敗と数字だけを見れば突出したものではないかもしれません。しかし、2008年のデビュー戦でいきなり無四球完封目前の好投を演じたことや、2009年の読売ジャイアンツとの日本シリーズ第5戦で見せた気迫の投球など、数字以上の強い印象をファンの心に刻み込みました。