店頭に並ぶ洋服を見て、誰もが一度は首を傾げたことがあるだろう。「なぜここにポケットがないのか」と。デザイナーが明かす最大の理由は、極限のシルエット保持にある。布地に袋状の構造を取り付けると、腰回りや太もも周辺に余分な生地の重なりが生じ、服本来の美しく滑らかなラインが崩れてしまう。さらに、ポケットにスマートフォンや財布を入れれば、重みで生地が引っ張られ、全体のドレープが一瞬で台無しになるのだ。
縫い目だけをそれらしく見せた「ダミーポケット」が存在するのも、まさにこの視覚的な美学を守るための苦肉の策である。しかし、理由はデザイナーのこだわりだけにとどまらない。よりシビアな現実として立ちはだかるのが、生産現場におけるコストカットの波だ。縫製工程において、裏地のパターンカットや縫い合わせ、補強のステッチを追加する作業は、想像以上に工数を増大させる。量産化の現場では、ポケット一つを削ることが大幅な製造コスト削減に直結するのだ。