中村玉緒を取り巻く家族関係は、華麗なる芸能一族の栄光と、それに伴う過酷な試練の連続でした。家系図を紐解くと、父は人間国宝の歌舞伎俳優・二代目中村鴈治郎、兄は人間国宝の四代目坂田藤十郎という上方歌舞伎の最高峰に位置する名門の出身です。大映専属時代には看板俳優の市川雷蔵らと数多くの名作で共演し、トップ女優としての地位を確立しました。
1962年に昭和の映画スター・勝新太郎と結婚し、一男一女に恵まれましたが、家庭内には絶えず重い影が落ちていました。
長男の鴈龍太郎は、1989年の映画『座頭市』撮影現場で起きた真剣死亡事故の当事者となって以降、重い十字架を背負い続けました。玉緒は長年息子の生活を経済面を含めて支援していましたが、「これ以上の甘えは息子の自立を阻む」と決断し、晩年はあえて経済援助を断ち切っていました。その矢先の2019年、長男が滞在先で急性心不全により55歳の若さで孤独死するという悲劇に見舞われます。自著や当時の取材で玉緒は「母親としてもっとやれることがあったのではないか」と、断腸の思いを滲ませていました。
さらに晩年、彼女の心を深く傷つけたのが長女との関係悪化でした。長年同居し個人事務所のマネジメントを任せていた長女との間に、経営方針や金銭管理をめぐる深刻な意見の相違が発生。同居は解消され、長女側が玉緒の承諾を得ずに別会社を立ち上げるなどの動きを見せたことで、二人の関係は修復不可能なレベルにまで冷え込みました。玉緒が入居していた老人ホームにも長女が姿を見せることはほとんどなく、身の回りの世話や最終的な看取りは事務所関係者が担う形となりました。