糖尿病の恐ろしい合併症として知られる「足壊疽(えそ)」。実は、温泉旅館や露天風呂の環境には、足壊疽の引き金となる危険因子が至るところに潜んでいます。温泉医学の専門家が「糖尿病患者にとって温泉の最大の敵は、浴槽の底とスリッパである」と指摘する理由はここにあります。
糖尿病性神経障害を患っている患者は、足の裏の感覚が鈍麻しています。野趣あふれる露天風呂の岩肌や、浴槽内のざらついた石段で足の指先を軽く擦りむいてしまっても、本人は全く痛みを感じません。さらに、糖尿病患者は免疫機能が低下している上、末梢動脈疾患(PAD)を併発していると足先への血流が乏しいため、小さな擦り傷であっても自己治癒せず、急速に化膿して組織が腐敗していきます。
旅館の共用スリッパや脱衣所の足拭きマットを介した「白癬菌(水虫)」の感染も重大なリスクです。足指の股にできた水虫の亀裂から黄色ブドウ球菌などの細菌が侵入し、広範囲な蜂窩織炎(ほうかしきえん)を引き起こした結果、旅行から数週間後に下肢切断を余儀なくされた実例は枚挙にいとまがありません。
温泉地での足壊疽を防ぐフットケア対策としては、以下の実践が必須です。
入浴前には、足の裏、かかと、足指の間に傷やタコ、靴擦れ、皮膚のひび割れがないかを入念に目視確認します。感覚が頼りにならない以上、鏡を使うか同伴者に確認してもらうのが賢明です。浴場内を歩く際は、滑りやすい岩場や突起を避け、すり足で歩かないよう注意を払います。そして入浴後は、清潔なタオルで指の間まで完全に水分を拭き取り、処方されている保湿剤や軟膏を塗布して皮膚バリアを再構築する——この一連の動作を徹底して初めて、安全な温泉旅行が成立します。