大門彫のルーツは、寺社建築が独自の装飾美を極めた江戸時代中期から後期にまで遡ります。門前町や宮大工の拠点として栄えた地域において、寺院の大門や本堂の欄間、祭礼で町を巡る山車(だし)の彫刻を一手に引き受けた彫物師集団がその祖とされています。「大門」の名が冠された背景には、格式高い寺社の正面玄関である大門を飾るにふさわしい、最高峰の彫刻技術を誇っていた自負が込められています。
当時の彫物師たちは、単に図面を木に写すだけでなく、参拝者が見上げる角度や自然光の差し込み方まで計算してノミを振るいました。日光東照宮の造営などで腕を磨いた名工の系譜を引く職人たちが各地へ技術を伝え、地域ごとの風土や木材の特性を取り入れながら、大門彫の確固たる様式美が確立されていったのです。