世襲議員が数多く存在する日本の政界において、内閣総理大臣を務めた大物政治家の長男が政治家を目指さなかった事例は極めて異例です。小泉家は祖父・又次郎氏、父・純也氏、そして純一郎氏と3代にわたって国会議員を輩出してきた名門政治一家。長男である小泉孝太郎氏への政界進出の期待は、幼少期から周囲を取り巻いていました。
しかし、父・純一郎氏は孝太郎氏に対して幼い頃から一貫して「政治家には絶対になるな。あんな因果な商売はない」「自分のやりたいことを見つけて、その道で生きろ」と言い聞かせて育てました。政治の世界が持つ過酷さ、権力闘争の虚しさ、そして個人の自由が制約される現実を骨の髄まで知る父だからこその厳命でした。
孝太郎氏が芸能界を目指したきっかけは、学生時代に抱いた映画や表現の世界への強い憧れでした。2000年に開催された「21世紀の石原裕次郎を捜せ」オーディションへの応募をはじめ、自らの力で芸能界の門を叩きます。翌2001年に父が首相に就任すると「首相の長男」として猛烈なメディアの注目を浴びることになりますが、父は息子の芸能活動に対して「応援もしないが反対もしない。自分の力で責任を取れ」というスタンスを貫きました。
芸能界入り当初に浴びせられた「親の七光り」という強烈なバッシングに対しても、孝太郎氏は父の教え通りに愚痴を一切漏らさず、誠実に下積みを重ねました。ドラマ『下町ロケット』や『警視庁ゼロ係』をはじめとする数々の代表作で実力派俳優としての評価を確立した背景には、政治家の看板に一切頼らないという父子の暗黙の誓いがありました。