藤圭子の私生活は、その歌声と同様に波乱に満ちていた。トップスター同士の結婚として大きな話題を呼んだ前川清との電撃婚は、わずか1年あまりで終止符を打った。互いに多忙を極めるトップアーティストゆえのすれ違いや、若さゆえの葛藤が背景にあったとされるが、破局後も前川との間には互いの才能を認め合う独特のリスペクトが残された。
その後、宇多田照實と出会い、結婚と離婚を何度も繰り返すという常識破りの関係を築くことになる。何度も絆を結び直し、アメリカと日本を行き来する生活の中で、幼少期の宇多田ヒカルはスタジオの椅子で眠り、大人の音楽制作を身近に呼吸しながら育った。この極めて特殊で破天荒とも言える家庭環境こそが、哀愁と先鋭的な感性を同居させる唯一無二の表現力を育む土壌となったのである。