小学校から成蹊学園に通った安倍晋三は、成蹊大学法学部へと進学した。大学時代の彼は、政治への野心を声高に叫ぶようなタイプではなかったという。同級生たちの証言によれば、穏やかで人当たりが良く、友人を大切にする好青年。愛車のアルファロメオを運転し、流行のアイビールックを着こなす姿は、当時のキャンパスでも「育ちの良い爽やかなイケメン」として評判だった。
熱中したのがアーチェリー部での活動だ。集中力と冷静な自己コントロールが求められる競技に打ち込み、準トーナメントを勝ち進むほどの実力を磨いた。後に国政の荒波を乗り越える粘り強さの片鱗は、すでにこの武蔵野のグラウンドで培われていた。
大学卒業後、周囲の予想に反して彼が選んだのは政界直行ではなく、一般企業への就職だった。1979年、株式会社神戸製鋼所に入社。配属された兵庫県加古川市の製鉄所では、ヘルメットをかぶり、現場作業員たちと同じ釜の飯を食った。エリート家庭の出身でありながら気取りのない性格は、工場のベテラン職人たちからも愛されたという。