母方の岸家・佐藤家のエリート官僚路線が脚光を浴びがちですが、父方の「安倍家」そのもののルーツもまた、極めて重厚な歴史を持っています。安倍家は山口県大津郡油谷町(現・長門市)の大地主であり、酒造業や醤油醸造業を営む地域の有力者でした。
晋三氏の祖父にあたる安倍寛(かん)氏は、東京帝国大学政治学科を卒業後、地元山口から衆議院議員に当選しました。寛氏は戦時中の東条英機内閣による軍国主義政策を激しく批判し、大政翼賛会に反旗を翻して非推薦で当選を果たした「気骨の政治家」として知られます。清廉潔白な人格と反骨精神、平和主義を貫いた姿勢は、今なお地元で語り継がれる伝説となっています。
その息子である安倍晋太郎氏は、毎日新聞記者を経て政界入りし、農林水産大臣、通商産業大臣、外務大臣などを歴任しました。卓越した外交手腕と温厚な人柄で「プリンス」と呼ばれ、中曽根康弘内閣の後継として首相就任が確実視されていましたが、病に倒れ67歳で急逝。父が果たせなかった「総理大臣の座」への挑戦は、次男の晋三氏へと託されることになりました。