議論を整理するうえで不可欠なのが、「安楽死」と「尊厳死」という概念の明確な線引きである。日本尊厳死協会などが推進する「尊厳死」は、過剰な延命治療を差し控え、あるいは中止して自然な死を迎える「消極的安楽死」に近い概念とされる。一方、医師が薬物を投与して死に至らしめる、あるいは自死のための薬物処方を行う「積極的安楽死・医師手助け自殺」は、現行法上、刑法の殺人罪や自殺幇助罪に触れる可能性が極めて高い。
日本の裁判史において最大の転換点となったのが、1990年代に起きた東海大学安楽死事件の判決だ。横浜地裁は、積極的安楽死が許容されるための厳格な要件(耐えがたい身体的苦痛、死の不可避性、本人の明確な意思表示など)を提示したが、現実の医療現場でこれを満たすハードルは極めて高い。終末期医療の現場では、違法性の阻却事由を満たす境界線が曖昧なまま、医師たちが刑事責任の恐怖と背中合わせで治療にあたっているのが実情だ。