安楽死の議論が進む一方で、医療の現場では終末期医療・ターミナルケアの拡充こそが先決であるとする主張も根強く存在する。疼痛緩和(緩和ケア)技術が飛躍的に進歩した現代において、身体的な痛みはかなりの程度までコントロールが可能となったからだ。
生命倫理学の観点からは、「自己決定権の尊重」と「生命の絶対的尊厳」という二つの原則が正面から衝突している。安楽死を安易に法制化すれば、障がい者や高齢者、困窮層が社会的な圧力から「死を選択せざるを得ない雰囲気」に追い込まれるのではないかという、「滑り坂の議論(Slippery Slope)」に対する懸念も根強い。
単に延命治療を打ち切る尊厳死や緩和ケアの拡充と、自ら命を絶つ手助けを受ける積極的制度との境界線をどこに引くのか。終末期医療・ターミナルケアの質をどう高め、患者の望む生き方をどう支えるのかという議論は、生命倫理学が果たすべき最重要の問いとして残り続けている。