結論から言うと、安土城跡の所在地は「滋賀県近江八幡市安土町下豊浦」です。琵琶湖の東岸に位置する標高約198mの「安土山」一帯に築かれた山城であり、現在は城郭全体が国の「特別史跡」に指定されています。
かつて安土城が築かれた天正4年(1576年)当時、安土山の三方は琵琶湖の内湖(大中の湖・伊庭内湖)に囲まれており、水上交通と東海道・中山道・北陸街道が交差する陸上交通の要衝でした。信長は京都への睨みを利かせつつ、東西の物流と軍事拠点を完全に掌握するためにこの絶好の地を選定しました。昭和期の干拓事業によって現在は周囲が広大な田園風景へと変化していますが、山頂に立てば今なお琵琶湖の風配と広大な近江平野を一望できます。
歴史の表舞台に登場してから本能寺の変を経て焼失するまで、わずか6年足らず。当時の宣教師ルイス・フロイスが「ヨーロッパの最も壮麗な城に匹敵する」と母国に書き送った巨大城郭は、440年以上の時を経た現在も滋賀県近江八幡市安土町の豊かな自然の中に息づいています。