時計の針を明治時代まで巻き戻してみよう。近代日本の学校制度が産声を上げた初期、長期休暇中の児童に対する学習指導は手探り状態だった。その中で、体操伝習所の主幹を務め近代体育の父と称された坪井玄道らが提唱した「休暇中の規律正しい身体訓練と自学自習の理念」こそが、今日の長期休暇用教材の原型とされている。
明治後期から大正期にかけて、児童の学力定着と生活リズムの乱れを防ぐ目的で各地方の教員有志が手刷りの課題集を作成した。これが戦後の初等教育改革を経て、地域密着型の総合学習教材として定着していく。教科ごとの分断を避け、地域の自然観察や道徳、郷土の歴史を1冊に凝縮したスタイルは、世界的に見ても極めてユニークな日本独自の教育文化といえる。