『母に捧げるバラード』の誕生秘話を語る上で欠かせないのが、武田鉄矢さんの壮絶な下積み時代です。1972年にフォークグループ「海援隊」としてデビューしたものの、鳴かず飛ばずの年月が続き、生活は困窮を極めていました。東京での暮らしに行き詰まり、所持金も尽き果てた武田さんは、失意の底で故郷・福岡市雑餉隈(ざっしょのくま)の実家へと逃げ帰ります。
夢を諦め、惨めな姿で戻ってきた息子に対し、母・武田イクさんは叱責するどころか、温かい食事と酒を差し出しました。そして「生きて帰ってきただけで上等タイ」と包み込むように迎え入れたのです。その夜、母の深い愛情に涙した武田さんは、溢れ出る思いを一気にノートへ書き殴りました。この時生まれた赤裸々な感情の吐露こそが、のちに日本中を揺るがす楽曲の原点となりました。
フィクションで着飾った言葉ではなく、極限状態の親子が交わした本物の体温が宿っているからこそ、この曲は時代を経ても色褪せないリアリティを放っています。