「あわや」と似た文脈で使われる言葉に「危うく」がある。どちらも危機一髪の場面で登場するが、その決定的な違いはどこにあるのだろうか。結論から言えば、視点の置かれる「時間的距離」と「情感の強度」が異なる。
「危うく」は客観的な状況の説明や、結果的に回避できた出来事を落ち着いて振り返る場面で使われやすい。「危うく電車に乗り遅れるところだった」という文では、すでに危機は去り、安堵感が主体となる。一方、「あわや」は直前まで迫った危機の鮮烈なイメージや、まさに目の前で破局が起きようとしていた瞬間を描写する。「あわや大激突」のように、息をのむようなパニックの手前にある緊張感を一瞬で切り取る能力に優れているのだ。
誤用を防ぐ注意点として、「あわや無事に到着した」のようにポジティブな結果そのものを単独で飾る使い方は不自然とされる。「あわや〜するところだった」という打ち消しや危機の直前描写とセットで用いるのが、日本語として正しい文法である。