山鹿の夜を照らす光には、二千年近く受け継がれてきた深い歴史が宿っている。伝説によれば、第12代景行天皇が九州巡幸の折、深い霧に阻まれて進路を見失った際、山鹿の里人たちが松明を掲げて天皇一行を無事に出迎えたという。この故事が、祭りの原点とされている。
その松明の灯火はやがて、室町時代に和紙と少量の糊だけで作られる精巧な「山鹿灯籠」へと姿を変え、大宮神社へ奉納されるようになった。木や釘を一切使わずに立体的な建造物などを模るその技法は、国の伝統的工芸品にも指定されている。
山鹿灯籠振興会に所属する熟練の灯籠師たちが、数ヶ月の歳月をかけて生み出す紙の芸術。火薬の閃光が夜空を裂く花火大会の背景には、こうした静謐で神聖な祈りと、手仕事の歴史が脈々と流れているのだ。