昭和23年から63年までの40年間、国が主導した予防接種の現場では、注射針や注射筒の回し打ちが常態化していた。消毒も不十分なまま繰り返された接種。これが発端となり、無症状のままウイルスを保持する幼少期の子どもたちへ急激にB型肝炎ウイルスが拡散した。公害にも比すベき人為的被害の拡大である。
沈黙を破った被害者らは全国で一斉に立ち上がり、国を被告とする国家賠償請求訴訟を決行した。国がリスクを認識しながら適切な指導を怠った点が鋭く追及された。2006年、最高裁判所は国の過失と感染との因果関係を明確に認め、原告側の勝訴が確定。国の怠慢に対する司法の厳しい断罪が下された瞬間だった。