江戸時代に入ると、八王子の社会構造を決定づける巨大な集団が誕生します。それが、徳川家康の命によって配置された八王子千人同心です。武田信玄の遺臣を中心とする甲士を束ねて編成されたこの組織は、日光東照宮の警備や甲州街道の防衛を担う「半農半士」のエリート集団でした。これが、全国でも類を見ない八王子千人同心家系の源流です。
千人頭(せんにんがしら)を務めた原家、山本家などの指導層を筆頭に、組頭や平同心に至るまで、彼らは苗字帯刀を許され、平時は農地を開拓・管理しながら有事には武士として出陣しました。この体制が、八王子一帯に強固な自治組織と規律ある旧家ネットワークを根付かせたのです。
一方、甲州街道の最大の宿駅として整備された八王子宿(横山宿、八日市宿など15宿の総称)では、商工業を統率する町役人や問屋場を仕切る名家が台頭しました。なかでも八王子宿場町の本陣を務めた小谷野家や大久保長安の都市計画に携わった旧家群は、幕府高官や諸大名の参勤交代を迎え入れる特権階層として、街道文化の中心に座り続けました。