坂本龍馬の愛刀「陸奥守吉行」の真実|焼刃の疑惑と京都所蔵の全貌

坂本龍馬の愛刀「陸奥守吉行」の真実|焼刃の疑惑と京都所蔵の全貌

坂本龍馬の愛刀「陸奥守吉行」の真実|焼刃の疑惑と京都所蔵の全貌に関する深掘り記事を分かりやすく解説します。最新情報を求める方は必見です。

これほどの名刀でありながら、近代以降、専門家の間で「京都国立博物館にある吉行は偽物(あるいは別物)ではないか」という疑惑が長らく囁かれていました。その最大の要因が、大正2年(1913年)に北海道釧路市で発生した坂本家当主宅の火災です。

当時、龍馬の遺品を管理していた坂本家の子孫宅が火災に見舞われ、吉行も猛火に包まれました。刀剣は高熱に晒されると焼きが戻って硬度と本来の刃文を失う「焼け身」となります。その後、刀工の手によって再び焼き直す「再刃(さいば / 焼刃)」が施されましたが、この処置によって吉行本来の特徴であった拳形丁子(こぶしがたちょうじ)や互の目(ぐのめ)乱れの刃文が消え、反りも失われて直刀に近い形状へと変化してしまったのです。

昭和初期から平成にかけて、一般的な土佐吉行の作風とあまりに乖離していたため、「火災で焼失し、別の刀が納められたのではないか」という懐疑論が根強く存在していました。

この歴史の霧を晴らしたのが、2015年に行われた京都国立博物館による大規模な学術再調査です。X線透過撮影や刀身の詳細な金属組成分析を実施した結果、以下の決定的な事実が判明しました。

  • 茎(つか:柄に収まる部分)にある銘「吉行」のタガネ運びが、吉行の真作と完全に一致すること
  • 再刃される前に存在した本来の刃文の痕跡が、刀身内部の組織にしっかりと残存していたこと
  • 坂本家に代々伝来した文書記録および刀身に残るわずかな変形が、被災時の記録と整合すること

報道各社の取材や公式学術報告において、この調査成果は「紛れもなく龍馬が近江屋で佩用していた本物である」と結論づけられ、約100年に及ぶ真贋論争に決定的な終止符が打たれました。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。