1988年のソウル五輪を控えた韓国は、国際社会に見せる「クリーンな国家」のイメージ作りに躍起になっていました。その犠牲となったのが、浮浪者や孤児、あるいは単に身分証を持たずに歩いていた一般市民です。彼らは警察と結託した施設職員によって拉致され、釜山にある「兄弟福祉院」に監禁されました。
施設内は、軍隊式の規律と暴力が支配する強制収容所そのものでした。昼夜を問わない過酷な労働、日常化していた殴打、そして組織的な性的虐待。抵抗を試みた者は容赦なく排除され、冷たい独房で息を引き取りました。国家の黙認が生み出した、法秩序の及ばない無法地帯がそこには存在していたのです。