宗教的な殉教劇が、なぜ日本で「告白の場」になったのか。時計の針を1950年代に進めよう。終戦から立ち上がりつつあった日本で、洋菓子メーカーや百貨店が仕掛けたプロモーションがすべての発端だった。
メリーチョコレート会社が1958年に伊勢丹新宿店で展開したキャンペーンや、モロゾフによる英字新聞への広告出稿など、諸説はあるものの目的はひとつ。「年に一度、女性から男性へ愛を告白する日」というキャッチコピーの創出だった。当時の日本社会において、女性から能動的に愛を伝える行為はきわめて先駆的。この斬新なマーケティング戦略が見事にヒットし、日本独自のバレンタイン文化が芽吹いたのである。