今日に至る戸塚ヨットスクールの立ち位置を理解するためには、日本社会に深い爪痕を残した「戸塚ヨットスクール事件の経緯」を避けて通ることはできません。
1976年にオリンピック級のセーラー育成を目指して設立された同校は、やがて登校拒否児や非行少年の更生施設へと変貌しました。しかし、1979年から1982年にかけて、コーチ陣による熾烈な暴行や体罰により、訓練生2名が死亡、2名が太平洋上で行方不明(事実上の死亡)となる痛ましい事件が相次いで発覚します。
警察の強制捜査が入り、戸塚校長をはじめとする関係者が傷害致死罪や監禁致死罪で逮捕・起訴されました。裁判は20年以上の長期に及びましたが、2006年に最高裁で懲役6年の実刑判決が確定し、戸塚氏は静岡刑務所に収監。刑期を満了して出所したのは2006年春のことでした。
事件当時、同校を強力に擁護したのが、作家で後に東京都知事となった故・石原慎太郎氏らを筆頭とする保守派文化人による「戸塚ヨットスクールを支援する会」でした。「甘やかされた戦後教育への鉄槌」として政財界から多額の寄付と支持を集めた同会ですが、2026年代以降、有力な支援者たちの相次ぐ他界や、コンプライアンスを重視する社会規範の定着により、かつてのような公然たる政治的影響力は急速に衰退しました。現在では、個人の熱烈な支持層が私的に支える小さな後援組織へとその姿を変えています。