法律が制定された後の現場で、アイヌの人々がどのような現実に直面したのか。当時の手記や口承記録には、想像を絶する苦悩が克明に刻まれています。1994年にアイヌ民族として初めて国会議員(参議院議員)となった萱野茂氏は、自著『アイヌの碑』や数々の証言の中で、旧土人保護法がいかに人々の心を踏みにじってきたかを語り続けました。
「保護」という言葉とは裏腹に、学校現場では日常的な暴力と嘲笑がアイヌの子どもたちを襲いました。家庭で育まれたアイヌ語を口にすれば教師から叱責され、伝統的な入れ墨(シヌイェ)を持つ女性や耳飾りの風習は「野蛮」として警察の取り締まり対象にされました。民族としての誇りを持つこと自体が、就職や婚姻における過酷な差別の引き金となり、自らのルーツを隠して和人になりすまさざるを得ない家庭が急増したのです。
さらに屈辱的だったのは、公の戸籍や行政文書に「旧土人」と記載され続けた事実です。生まれながらにして「普通の国民とは異なる、過去の土着民」というレッテルを国家から貼られ、公的支援を受けるたびにその烙印を突きつけられました。物乞いのような扱いを受け、行政の窓口で頭を下げさせられる屈辱は、世代を超えて拭いがたい心理的トラウマを刻み込みました。