夫を失った喪失感の中で、京淑氏を支え続けたのは二人の娘たちの存在だった。ロサンゼルスの温暖な気候と、日本の芸能スキャンダルとは無縁の環境が、傷ついた母娘の心を少しずつ癒やしていった。
娘たちは現地のアメリカの学校に通い、バイリンガルとして成長。父親がかつてアメリカのスタジアムで数万人の観衆を熱狂させた偉大なスーパースターであったことを、母親から丁寧に教えられて育ったという。学校行事や地域の催しに熱心に参加する京淑氏の姿は、周囲の保護者たちからも厚い信頼を集めていた。
子供たちが成長するにつれ、家庭内には再び笑顔が戻り、父親の思い出を自然に語り合える時間が訪れた。伊良部秀輝が愛したロサンゼルスの青空の下、家族は悲劇の犠牲者として生きるのではなく、彼の生きた証を胸に抱く誇り高い継承者として、前を向いて歩みを進めた。