臨済宗円覚寺派に属する浄智寺は、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼の三男である北条宗政が亡くなった際、その菩提を弔うために弘安4年(1281年)頃に創建されました。宗政の幼子であった師時(後の第10代執権)を開基とし、南宋出身の禅僧・兀庵普寧(ごったんふねい)を開山(名目上の開山)に迎えて開創された由緒ある寺院です。
鎌倉時代後期に制定された禅宗寺院の寺格制度において、「鎌倉五山第四位」という極めて高い格式を与えられました。最盛期には広大な境内に多くの塔頭(子院)が立ち並び、多数の修行僧が集う大寺院として栄華を極めました。その後、幾度かの火災や関東大震災による倒壊を経験したものの、昭和初期にかけて見事に復興を遂げ、現在は国指定史跡として厳かに守り継がれています。
浄智寺の最大の特徴は、鎌倉特有の地形である「谷戸(やと)」を巧みに生かした境内設計です。山門へ続く石段から本堂、裏手の洞窟(やぐら)へと続く導線は、周囲の山林と見事に調和し、都会の喧騒を完全に遮断した別世界のような静寂を提供しています。