1970年代後半、世界中を席巻したベイ・シティ・ローラーズでしたが、その栄光の裏側には過酷な現実が横たわっていました。バンドが分裂し、事実上の解散へと向かった背景には複数の要因が存在します。
第一の要因は、マネジメントとの確執と深刻な金銭トラブルです。マネージャーのタム・ペイトンによる厳格な情報統制と搾取的な契約により、世界中で数千万枚のレコードを売り上げたにもかかわらず、メンバーの手元には正当な印税がほとんど支払われていませんでした。この不信感がメンバー間の結束を徐々に蝕んでいきました。
第二に、「ティーンアイドル」としてのイメージと「本格的ロックバンド」を目指すメンバーの音楽的乖離です。自作曲での勝負を望むメンバーに対し、レコード会社は売れ筋のバブルガム・ポップ路線を強要。連日の過密スケジュールによる精神的・肉体的疲弊も重なり、1976年にはベースのアラン・ロングミュアーが脱退を余儀なくされます。
そして1978年、バンドの顔であったリードボーカルのレスリー・マッコーエンが脱退。その後、バンドは「ザ・ローラーズ(The Rollers)」と改名してニューウェイブ路線を模索するものの、往年の勢いを取り戻すことはできず、1981年に活動停止へと追い込まれました。