1905年5月27日午後、対馬沖で両艦隊が激突。東郷平八郎長官率いる連合艦隊は、敵前大回頭(通称「東郷ターン」)を敢行し、バルチック艦隊の進路を塞ぐ形で猛烈な集中砲火を浴びせました。
結果は、ロシア側の主力戦艦群が次々と沈没・拿捕され、ウラジオストクへ逃げ延びたのはわずか3隻という、世界海戦史上でも稀に見る連合艦隊の完全勝利となりました。日本側の艦艇損失は水雷艇3隻にとどまり、この劇的な勝利が日露講和条約(ポーツマス条約)への道を決定づけたのです。
激戦を戦い抜いた旗艦戦艦三笠は現在、神奈川県横須賀市の三笠公園に記念艦として保存・公開されており、激動の時代を物語る貴重な歴史遺産として多くの来訪者を迎えています。