他人の「奇妙なこだわり」を見ることは、一種の解放感をもたらす。同調圧力が強く、「普通であること」を求められがちな社会において、自らの偏愛を堂々とさらけ出す人の姿は、どこか眩しく映るのだ。他人の奇行とも思える趣味を肯定することは、巡り巡って「自分もままでいいのだ」という自己肯定感に繋がっていく。
SNSで「#私のニッチなこだわり」というハッシュタグが流行しているのも、この心理的安全性への欲求が理由だ。完璧なライフスタイルよりも、少し歪んでいて、人間臭いディテールこそが、人々の共感を呼ぶ時代になっている。