前回の丙午であった1966年(昭和41年)、日本全国で極めて異常な現象が起きた。当時の出生数は前後の年に比べて約25%も激減し、出産を意図的に避ける避妊や中絶、出生届の時期をずらすといった駆け込み的な対応が横行した。この社会パニックについての経緯解説を行うと、当時のメディアによる過剰な報道や、親族からの世間体を気にする圧力が大きな要因であったとされる。
結果として、1966年生まれの子供たちは学級数が少なく、受験や就職で有利だったという皮肉な恩恵を受けることにもなった。しかし、出生数が急減したという事実は、現代の少子化対策や人口動態論の文脈でもしばしば引き合いに出される歴史的な出来事となっている。