調査手法として極めて強力である一方、現場に立つ研究者やリサーチャーは数々の予期せぬ壁にぶつかります。参与観察のメリットとデメリットを冷静に整理しておかなければ、膨大な時間を投じた挙句に破綻をきたしかねません。
最大のメリットは、質問紙調査(アンケート)やインタビュー調査では絶対に拾い上げられない「生活者の矛盾」を発見できる点です。人間は質問されると無意識に「模範的な回答」や「論理的な後付け」をしてしまう生き物です。しかし、生活の場に同席していれば、「健康のために自炊を徹底している」と語っていた対象者が、深夜のキッチンで無意識に冷凍総菜を口に運ぶ瞬間を目撃できます。この言葉と行動の乖離こそが、真のインサイトを生み出す源泉です。
反面、デメリットと構造的リスクも極めて深刻です。特に警戒すべきなのが「ゴーイング・ネイティブ(現地同化)」と呼ばれる心理現象です。長期にわたって対象集団と苦楽を共にすると、調査者がコミュニティの価値観に深く共鳴しすぎてしまい、批判的・客観的な分析のメスを入れられなくなる事態が発生します。過去の学術手記でも「調査対象者の悲哀に感情移入しすぎて筆が止まり、研究者としてのアイデンティティを見失った」という生々しい告白が散見されます。
さらに、調査者自身のパーソナリティや性別、年代によって集団内での受け入れられ方が劇的に変わり、得られるデータの質が偏るという「再現性の低さ」も学術的な論争の種となってきました。