この名句の直接的な原典は、中国・北宋時代の政治家であり詩人としても名高い蘇東坡(蘇軾:1037〜1101年)が残した漢詩に由来します。彼が東林寺の常総禅師との問答を経て悟りを開いた際に詠んだとされる詩の中に、次の一節があります。
「渓声便ち是れ広長舌、山色豈に清浄身に非ざらんや。夜来八万四千の偈、他日如何が人に挙示せん。柳緑花紅真面目(りゅうりょくかこうしんめんもく)」
蘇東坡は、せせらぎの音や山々の姿といった自然の営みすべてが仏の説法であり、春の「柳の緑」や「花の紅」というありのままの風景こそが、隠しようのない仏性の「真面目(本来の真実の姿)」であると喝破しました。この詩句がやがて禅林において公案や法話の題材として広く浸透し、日本では茶道の世界へと深く受け継がれていきました。
茶道の席において、床の間に掛けられる掛軸(茶掛け)は、その日の茶会の精神的な核を担います。特に春先の茶会において「柳緑花紅」や「柳は緑花は紅」の掛軸が選ばれるのは、単なる季節感の演出にとどまりません。亭主と客が互いの社会的立場や虚飾を脱ぎ捨て、一期一会の場でありのままの自分として向き合うという、茶道の精神的宣言でもあるのです。