1970年代後半から80年代にかけて、彼は大きな転換期を迎える。ジャニーズ事務所からの移籍、そして「林檎殺人事件」や「お嫁サンバ」といった、コミカルでありながら高度なポップセンスを要求される楽曲への挑戦だ。単なる「可愛い男の子」からの脱皮を模索していた時期である。
特に「ハウ・メニー・いい顔」や「2億4千万の瞳」で見せた、大人の色気と抜群のダンスパフォーマンスは、彼が単なる一過性のアイドルではないことを証明した。アメリカへのダンス留学などを経て、表現力はさらに研ぎ澄まされ、エンターテイナーとしての地位を不動のものにした。