日本初の民放テレビ局である日本テレビの設立と、正力が推進した「原子力の平和利用」キャンペーン。一見すると無関係に見えるこの二つの事業は、実はコインの裏表だった。有馬氏の研究成果が明かしたのは、テレビという新しい情報インフラと原子力エネルギーの導入が、いずれも米国の冷戦戦略の一環としてパッケージ化されていたという真実である。
広島・長崎への原爆投下からわずか数年。被爆国である日本の国民感情を、原子力の受容へと転換させることは容易ではなかった。そこで利用されたのが、街頭テレビに群がる群衆の熱気であり、正力が主導した大々的な「平和利用博覧会」だった。GHQ占領期から続くこの一大プロジェクトは、エンターテインメントと報道を巧みに融合させた、史上最大規模の世論誘導工作だったのである。